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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)2246号 判決 1961年1月18日

原告 阿部淑子

被告 国

訴訟代理人 杉内信義 外二名

主文

被告が原告に対して、東京都中野区相生町一三番の二宅地九四坪七合四勺について、所有権移転登記手続をすることを命ずる。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として次のように述べた。

(一)  東京都中野区相生町一三番の二宅地九四坪七合四勺(以下単に本件宅地という)については、登記簿上東京法務局中野出張所昭和二三年九月一七日受付第一六六七六号を以て被告国(大蔵省以下同じ)のための所有権取得登記がなされている。

(二)  しかしながら、本件宅地はもと訴外川合ツネの所有に属し、昭和七年八月頃から訴外加藤専太郎が建物所有の目的でこれを賃借していたところ、昭和二三年九月一七日右川合ツネが財産税として被告に物納したものであつたが、その後、本件宅地の賃借人であつた訴外加藤専太郎は、物納財産売払申請をなし、昭和二四年五月一一日払下代金全額二万〇八四二円八〇銭を被告に納入してこれが売渡しを受け、その所有権を取得した。

(三)  そして右加藤は同日頃、これをその内縁の妻として明治四二年五月の事実上の婚姻以来その時まで夫婦として同棲生活を続けていた訴外安富ヒサに贈与した。

又安富ヒサはその後内縁の夫である加藤専太郎とともに、本件宅地に存在していた専太郎名義の家屋に同人とともに居住して生活をしていた。そしてその後昭和二五年一二月二七日専太郎死亡し、自らも昭和三〇年九月二六日に死亡したのであるが、その三箇月程前である同年六月頃、当時本件宅地を、その地上の右家屋に同居していたその二女である原告へ贈与した。

(四)  しかしながら、本件宅地については、右のような実体上の所有権変動過程に伴つた登記名義変更の手続はなされず、登記簿上は依然として被告のための所有権取得登記が存在している。よつて、原告は本件宅地所有権にもとずいて、被告に対し原告への所有権移転登記手続を求めるため本訴に及んだものである。

(五)  なお仮に訴外加藤専太郎からその妻安富ヒサヘの贈与及び安富ヒサから原告への贈与のいずれもが認められないとしても、前記昭和二四年五月一一日の被告からの本件宅地払下げに際しては、その払下げ代金は安富ヒサが自ら出捐した金員を以てこれに充てたという関係上、同人は本件宅地は払下げ名義はともかく、実質上は自己の所有物であると信じていたのであり、その後昭和三〇年九月二六日死亡するに至るまで、所有の意思を以て、前記のとおり平穏且つ公然と本件宅地を占有し来たつたもので、原告も安富ヒサ死亡後は本件土地占有についてヒサ同様所有の意思を以て平穏且つ公然とこれを占有し来たつたものであるから、原告は右昭和二五年五月一一日から一〇年を経過した昭和三五年五月一〇日の経過と共に時効に因り本件宅地所有権を取得したものというべきである。よつて前同様本件宅地所有権にもとずいて、本訴請求に及ぶ。

証拠として、甲第一号証ないし第二八号証を提出し、証人加嶋五郎ならびに原告本人の尋問を求めた。

被告指定代理人は、原告の請求棄却訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として次のように述べた。

原告主張請求原因(一)及び(二)の事実はこれを認めるが、その余の(三)の事実は知らない、(四)の主張は争う、(五)の事実は知らない。

仮に原告主張のように、本件宅地所有権が被告から加藤専太郎へ、同人から安富ヒサヘ、同女から原告へと贈与により移転したとしても、右権利変動の終点にある原告は、起点にある被告に対して、その中間者を除外して直接移転登記を求めることはできないものというべきである。

けだし中間省略の登記というのは、すでにそれがなされてしまつた場合においては、それが現在の実体上の権利状態に一致する限り、現実既存の登記に対する法的評価として、最少限の有効要件を具備するものであるというのに止まり、登記制度本来の建前としては、あくまでも真実の権利変動の過程通りの登記がなされることを求めていることに変りはないのであるから、この真実の権利変動過程に反して、被告に対して直接的に移転登記手続を請求する原告の本訴請求は理由がない。

原告提出の甲号証に対し、甲第八号証は不知であるが、その余の甲号各証はいずれも成立を認めると述べた。

理由

原告主張請求原因(一)及び(二)の事実は、いずれも当事者間に争のないところである。

そして、成立に争のない甲第九号証同第一三号証同第一四号証同第一六号証ないし同第二八号証、証人加嶋五郎の証言に依つて真正に成立したものと認める甲第八号証、証人加嶋五郎ならびに原告本人の供述に依ると、原告主張請求原因(三)の事実を認めることができるばかりでなく、訴外加藤専太郎は当事者間争のない昭和二五年一二月二七日死亡したのであるが、同人には当時弟加藤禎蔵(昭和三四年八月二日死亡)弟塩見義光の長男塩見光(現存)妹源代兼代(現存)弟塩見茂(現存)ら四名の相続人があつたが、右相続人らも、専太郎から安富ヒサえの本件宅地の譲渡について、なんら異議をさしはさむことのなかつたばかりでなく、その一部の者は進んでヒサえの登記名義移転に必要な委任状などを、専太郎の生存中同人から本件宅地の登記名義変更等のことを依頼されていた訴外加嶋五郎弁護士に、交付したこと及び加嶋五郎は登記に必要な戸籍謄本等の入手困難から登記未了のまま安富ヒサの死亡という事態を迎へたことさらに前記専太郎から本件宅地の贈与を受けた安富ヒサは、明治三二年三月一一日訴外藤本幸四郎と婿養子縁組婚姻をし、その間に長女敦子(明治三二年一一月一〇日生)と二女原告(明治三六年五月一六日生)とを儲けたがが、明治三七年一月一四日幸四郎と協議離婚をし、その後加藤専太郎(当時戸主加藤金之亟の法定推定家督相続人であつた)と事実上の婚姻をし、爾来夫婦として同棲生活を続け、専太郎死亡後は二女である原告を自己の手許に呼寄せ死亡するまで同居生活を続けていたものであるという諸事実を認めることができる。

したがつて、実体法上原告が、被告から加藤専太郎への売渡契約、加藤専太郎から安富ヒサヘのさらに安富ヒサから原告への各生前贈与契約に因つて、現に本件宅地の所有権を有するものであることは明らかである。

そして、右認定の事実からすれば、判決をもつて中間者でありいわば潜在的登記義務者であり且つ潜在的登記権利者であるということのできる亡加藤専太郎の相続人及び亡安富ヒサの相続人(原告もその一人である)への登記手続を省略して、即ち不動産物権の実体的変動過程をそのまま忠実に登記面に表現することをせずに、端的に右の変動過程の帰結としての現在における実体的権利の存在するところに登記を一致させる方法として、直接被告から原告への本件宅地所有権の移転登記を認めることは、不動産登記法の建前としても許されるところと解することができる。

けだし、不動産登記法第二七条が登記協同申請の原則(これは登記官吏の登記申請に対する審査の能力と権限とをにらみ合せて登記の真正を保障するための制度である)に対する例外として、判決に因る登記については、単独申請の建前を採つた所以は、この場合は不動産物権の変動過程が、たとへその主文においてではなくとも、その理由中において裁判所に依つて認定されることもある関係上登記の真正を害するおそれの少いところから、登記義務者を除外した単独申請を認めたものというべきであり、まして登記簿上の登記名義すら有しない潜在的登記権利者ないし義務者の利益を考慮する必要はないものといえるからである。そして判決をもつてこのような中間省略登記を認めても、これに依つて登記名義を得た者の後者として、当該不動産物権について将来取引関係に立つものの利益をとくに害するものとはいえないし、又当該判決訴訟の当事者となつていない中間者が、その有する実体上の権利ないし登記法上の権利を、この判決によつて害せられることになるとも思われない。これら中間者が自己の前者或は後者との実体上の権利変動過程の瑕疵を理由として、後日自己への登記名義獲得等のことをなしうることはいうまでもない。

公信力のないわが不動産登記法上の登記については、それが実体的権利の変動過程そのものを如実に示すものでなければならないとする理想(それはあくまでも理想であり現行登記法がすみずみまでこれを保障する機能を具備しているとはみられない)を強く追求するのあまり、本件のような場合中間を省略した移転登記の請求を絶対に認めないとする被告の主張は採用することはできない。

以上の次第であるから、原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 安藤覚)

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